― 元校長が語る「育つ学校」の条件
問題のない学校は、本当に理想の学校なのか
最近、「問題のない学校がいい学校だ」という空気を感じることがあります。
保護者の要望はできるだけ受け入れる。
トラブルはできるだけ起こさない。
苦情は早めに処理する。
一見すると、それは安定していて安心できる学校のようにも見えます。
しかし、本当にそれが子どもの成長につながっているのか――
私は、校長として現場に立ち続けてきた中で、何度も自問してきました。
親と学校の願いは、本来同じ
担任との相性、友人関係、クラス替えへの不安。
さまざまな相談を受ける中で、強く感じてきたことがあります。
それは、
親と学校の願いは本来、同じだということです。
子どもが安心して学校に通えること。
人間関係の中で学び、育っていくこと。
自分の力で乗り越えていける子になること。
立場は違っても、目指すゴールは同じなのです。
「合わないから離す」は教育的か
子どもは発達の途中にいます。
人とのすれ違い。
誤解。
衝突。
それらは決して望ましいものではありませんが、
学びの機会でもあります。
もちろん、意図的にトラブルを起こすような学級編成はあり得ません。
しかし、「合わないからすぐ離す」という発想が常に最善とは限らないのです。
乗り越える経験。
話し合う経験。
関係を修復する経験。
それらを通して、人間関係を築く力は育っていきます。
校長として大切にしてきたこと
私は校長として、次のことを大切にしてきました。
- 過度に要望に振り回されないこと
- しかし、思いを軽視しないこと
- 組織で支えること
「よほどの事情」があれば当然配慮します。
しかし、すべての要望をそのまま受け入れていては、
高学年になる頃には学級編成そのものが成立しなくなります。
だからこそ、
責任をもって育てる覚悟を持つこと。
そして、何かあれば担任任せにせず、
学年団・管理職が組織として対応する体制を整えてきました。
日々の保護者との連携が密であれば、
多くの問題は大きくならずに解決できます。
要望が通りすぎる学校の落とし穴
現実には、保護者の要望がほぼそのまま通る学校もあります。
その結果、特定の子とのトラブルは避けられたかもしれません。
しかし、別の場面で同じような問題が起きてしまうケースもあります。
根本的な力が育っていなければ、
場所を変えても同じことが起きる可能性があるからです。
思いは伝えてよい。ただし、事実で。
親が我慢する必要はありません。
子どもも我慢し続ける必要はありません。
ただし大切なのは、
子どもの前で悪口を言うことではなく、先生に直接伝えること。
トラブルは、先生の見ていないところで起きることもあります。
だからこそ、
- 事実を整理する
- 感情と分けて伝える
- ゴールを共有する
この姿勢が重要です。
小さなすれ違いは、誰にとってもプラスにはなりません。
対立ではなく、協働。
子どもを真ん中に置いて、
同じ方向を向いて話すことが求められています。
担任との関係に悩んだときの具体的な対応については、こちらの記事で詳しく解説しています。
→ 【担任と合わないとき親はどうする?】
学校は、先生のものではない
私はこう考えています。
学校は先生のものではありません。
本来、学校は、
- そこに通う子どもたちのもの
- 保護者のもの
- 地域のもの
です。
もし今の学校が理想と違うなら、
変えていく力もまた、地域にあります。
親や地域が協力し、
「おらが町の学校」を育てていく。
それが本来の姿ではないでしょうか。
先生は風、地域は土
私はよく、学校をこう例えてきました。
先生は、風のような存在です。
風が種を運んできます。
しかし、種が育つかどうかは、
土壌の豊かさにかかっています。
その土壌とは、
地域であり、保護者であり、
学校を支える人々の関係性です。
土壌が豊かであれば、
風が運ぶ種は芽を出します。
私は、そんな学校を目指してきました。
育つ学校とは
本当に良い学校とは、
- 子どもが育つ学校
- 教師が育つ学校
- 保護者が育つ学校
- 地域が育つ学校
だと私は思います。
問題がない学校ではなく、
問題を乗り越えられる学校。
対立のない学校ではなく、
対話を続けられる学校。
それが、これからの時代に求められている学校ではないでしょうか。